/大学の単位は、どこでも、文科省の2/3ルールが徹底されている。半期10回以上の出席が無い、自分で受講放棄した者は、「不合格」以前の「評点対象外」。後から泣きつこうと、成績の付けようがない。にもかかわらず、むちゃな単位要求をすると、その記録がすべて残り、本人はもちろん親まで破滅しかねない。これから学生になる諸君は、初回から試験まで、出席だけはきちんと整えておこう。/


 この業界にいると、例年、この時期、いろいろなウワサがあちこちの大学から聞こえてくる。そのひとつが、土下座卒業。教授に泣きついて無理やり単位をもらって卒業した、とかいう話。


 たいてい語学や教養の単位だ。ふつうは1、2年のうちに取っているべき話なのに、4年にもなってまだ取り残していて、そのくせ、自分ではかってに「卒業見込」と決め込んで就職活動。めでたく内定もいただき、とっととアパートも引き払って、新居への引っ越しを終え、海外へ友達(彼氏彼女?)と卒業旅行。ところが、帰国すると、大学から留年通知。それであわてて親まで出てきて、むちゃくちゃな強訴をやらかす。自分の側の既成事実を言い立てて、いまさら、その責任を取れるのか、とかいう、どこかの学校創設申請者と同じ論法。


 土下座でもなんでもするから、お許しを、などと、言われても、そもそも語学や教養なんて、いまどきたいてい選択だから、ほかの科目で単位を取れば足りるので、最初に登録しても途中で放り出す学生は珍しくもない。だから、受講放棄を謝られる筋合いではないし、謝ったからといって、事実として受講していない以上、では単位をあげよう、などとはならない。


 昔からどこの大学でも2/3ルールというのが学則で決められていて、これが2006年の文科省の通達で、あらてめて厳守徹底された。半期15回の講義のうち、10回以上の出席が無い者は、「不合格」以前の「評点対象外」。つまり、講義登録自体に「Z」が付いて、点数は空欄。ここに「Z」がついている以上、後から点数を水増するとかしないとかの話ではない。大学によっては、4年生の「不合格」には「再試験」の救済制度があるところもあるが、それは、あくまで点数不足の「不合格」だけが対象。出席不足の「評点対象外」は、本人の受講放棄であって、「不合格」ですらないので、再試験も対象外。


 しかし、学生は、就職活動をしていたのだから出席扱いに、とか言い出す。企業が出す書類は、せいぜい「事由証明」であって、それがむしろ講義の欠席を証明してしまっている以上、それで講義を出席扱いになどできるわけがない。カゼやケガの「診断書」を持って来ても、これも学校保健安全法に規定されている「学校感染症」(結核など)でないと無意味。その学校感染症であっても、病欠が出席になるわけではなく、総講義数の方を減らして2/3ルールを適用するので、かえって出席数の縛りが厳しくなる。出席なんて、物理的な事実問題であって、同じ教室にいた他の学生たちも知っている。その事実を教員が温情で恣意的に改竄したりすれば、封筒だ、マクラだ、などと、教員の方があらぬ疑いを掛けられるだけ。とりあうバカは、いない。


 それでも、親が大学に乗り込んできて強訴、なんていう話も聞く。遠路はるばる出てきたのだから、とか、わけのわからない理由で、どうか、よしなに、とか。これが通らないと、逆ギレ。大学を信頼してきたのに、とか、大学は学生の人生を破滅させるのか、とか。さらには、訴えてやる、マスコミに言いふらしてやる、そして、最後は、本人から家族まで、死ぬ、死ぬ、死んだら大学のせいだ、と暴れ騒ぐ。まるでヤクザ。


 ところが、大学によっては、専門課程の主任だの、学部長だの、もっと偉い人まで出てきて、まあ、そこはなんとか、ねぇ、きみ、とか言い出すのだとか。とくに体育会の学生は、ヤクザそのもののOBまで顔を出し、夜道には気をつけろよ、というような話になることも。こうなると、教員の方が精神的に追い詰められ、「私が間違えました、ごめんなさい」というような顛末書、さらには学生や親に対する詫び状まで書かされて、成績修正。もちろん、発覚したときには、教員一人が尻尾切りだろうが。


 とはいえ、昔とは時代が違う。組織では、書類はすべてコピーを取るし、メールなどの電子データも残こす。大学でも、教員でも、一般企業同様、いまどき録音録画もせずに、きわどい話に関わったりしない。密室でごちゃごちゃやっても、後でかならず表沙汰になる。出席をごまかし、単位をもらって、不正に「卒業」したことだけでなく、そのごまかしをするためにやらかした強引なことも、ぜんぶ出てくる。昇進だ、結婚だ、というときに、そんな話がどこかからぶりかえせば、文字通り、本人は、人生、おしまい。むちゃをした親も職を失う。兄弟姉妹まで経歴に疑いをかけられる。


 これから、学生になる諸君。愚かなユトリ先輩たちの轍を踏まぬよう、なにはどうあれ、講義の出席だけは、初回から試験まで、まじめにきちんと整えておこう。ムリをすれば、そのしっぺ返しの方が大きいことくらい、学生としてよく理解し、誠実正直が一番と心得ておこう。土下座卒業など、頭のぬるい学生たちの間だけの、ただの伝説。そんなものは無い。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『アマテラスの黄金』などがある。)

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