/自分が選んだ時点で、物事は終わりではない。自分が選ばなかった方、それもハズレの方の情報ひとつによっても、全体としての選択肢の優劣は大きく変わってくる。/

 三十路のよっちゃん、人生一発逆転の玉の輿を狙って、きょうも婚活に余念がない。そこへ旧友のみっちゃんから電話。いっしょにランチに出かけた。 「ねぇ、この中の、どの人を紹介してほしい?」と、三枚の写真。「旦那の独身の友人たちよ。でも、びびっと来た人、ひとりだけね」「え、ひとりだけ?」 「だれでもいいというのも節操が無いでしょ」「そうよね……」

 「あ、そうだ。この中の一人はね、IT実業家で年収数億円なんですって」 「えーっ!」 俄然、色めき立つよっちゃん。この中に、長年、夢見てきた私の王子様が! とはいえ、とりあえず、「で、で、でもね、人間は、おカネじゃないわよ」 などと、口では言ってはみる。が、手は震え、目は血走る。さんざん悩んだ末に、 ようやく決めた。「じゃあ、この人!」「あ、Aさん? BさんやCさんは、いい?」「え? まあ……」「そう。ちなみにBさんはね、小学校の先生だって」「じゃあ、Cさんは?」「うふふ。Cさんに変える? それとも、Aさんのまま?」さて、あなたならどうする? 初志貫徹でAさんを選ぶ? 優柔不断にCさんに変える?

 初志貫徹と言 えば聞こえがいいが、最初の直感を信じて、Aさんを選ぶ、そんなかたくななあなたは、いつも運を逃すだろう。この場合、Aさんが王子様である確率は、あい かわらず1/3。ところが、Cさんが王子様である確率は、なんと2/3! いまや、Aさんよりも、Cさんの方が、当たりの確率が倍も高いのだ。つまり、C さんに乗り換えた方が、運を掴める、ということ。

 わからない人のために説明しよう。最初の選択で、Aさんが王子様である確率は 1/3。BさんかCさんのどちらかが王子様である確率は2/3。さて、後者のように、BさんかCさんのどちらかが王子様であるとすれば、Bさんの方が王子 様である確率は、その50%。同様に、この場合に、Cさんの方が王子様である確率も、やはりその50%。ところが、Bさんが目当ての王子様ではない、とい うことがはっきりした時点で、BさんかCさんのどちらかが王子様である場合に、Bさんの方が王子様である確率は0%、Cさんが王子様である確率は 100%。つまり、2/3の場合において、100%確実にCさんこそが王子様なのだ。したがって、Aさんが王子様である確率は、最初から1/3のまま、少 しも変わっていないが、Cさんが王子様である確率の方がまるまる2/3に跳ね上がっている。だから、Aさんを選択したまま、ぼーっとしているのは、自分で せっかくの運をドブに捨てていることになる。

 この話の教訓:自分が選んだ時点で、物事は終わりではない。自分が選ばなかった 方、それもハズレの方の情報ひとつによっても、全体としての選択肢の優劣は大きく変わってくる。とりあえず自分がひとつを選んだとしても、それ以外のも の、たとえ失敗したもののことでも、いろいろと関心を保ち続け、全体の状況が変わった、自分が選んだものよりも有利な可能性が開けたならば、かつて選んだ ものに固執せず、新しい可能性に賭けてみることこそが、運を掴む合理的選択、ということになる。

 仕事や事業などでも同じ。たと え自分が選んだ道そのものの可能性が変わらなくても、他のものの可能性が大きく変われば、相対的に、自分が選んだものの方がいつの間にか不利になってし まっていることがある。もちろん、最初から最後まで、自分が選んだものが最善であれば、それはそれで幸せだが、すでに最善でもなくなってしまっているもの に固執し続けていれば、得られたはずの、もっとより善い可能性を、みすみす逃して、捨てていることになってしまう。状況が変われば、話も変わる。つねに周 囲にアンテナを張り、つねにその中での最善を掴もう。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京 藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専 門は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイ ソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)